「はぁ……。」
31歳の冬。帰宅ラッシュで混雑する電車内、右手のスマホ画面を見つめて小さくため息をついた。もう3日も既読がつかない。もしかしてブロックされたのかと不安になり、連絡拒否の設定を確認したが、そうではなかった。単に、私の送ったメッセージが見られていないだけ。
こんなこと、これまで一度もなかったのに——。
心の中にじわじわと不安が広がっていく。
あきひろと出会ったのは、ミキが25歳、あきひろが24歳のとき。
マッチングアプリで事前に写真は見ていたけれど、土曜の仕事終わりに初めて会った瞬間──「タイプだ」と思った。
その日は、私の仕事が押してしまい、約束の時間より少し遅れてしまった。
駅に向かう途中、「急がなくていいよ、気をつけて来て」と優しいメッセージが届く。
文字だけなのに、その声色まで想像できて、緊張がすっと溶けた。
待ち合わせ場所に着くと、あきひろはすぐに私を見つけ、少し照れたように笑って手を振った。
「遅れてごめん!」と息を弾ませる私に、「全然大丈夫だよ」と柔らかく返してくれる。
その一言で、初めて会う緊張よりも、なぜか安心感のほうが勝っていた。
お店は予約していなかったから少し待たされたけれど、その待ち時間さえ楽しかった。
会話の中で、共通点が多いことが次々とわかっていく。
何より、あきひろが次々と話してくれるエピソードを聞く時間が心地よかった。
二人が付き合うのに、そう時間はかからなかった。
付き合ってすぐ迎えたミキの誕生日は、あきひろの出張で一緒に過ごせなかった。
それでもサプライズでプレゼントが届き、メッセージ動画まで送ってくれた。
──この人は、私を大事にしてくれる。そう確信した。
半年後、半同棲が始まった。
朝は7時前に出て夜は22時ごろに帰るあきひろに合わせ、ミキはご飯や洗濯をすべて引き受けた。
それでも、休日は色々な場所に連れ出してくれた。
ドライブ、温泉、小さな旅行──そうした時間が、何より幸せだった。
1年ほど経った頃には、お互いの実家にも行った。
あきひろの実家は地方の田舎。彼そっくりなお父さんと、どこか自分に似た雰囲気のお母さんに迎えられ、温かい時間を過ごした。
結婚は当たり前の未来だと、その時は信じて疑わなかった。
けれど、交際3年目に入った頃。
あきひろの転勤が決まり、遠距離恋愛が始まった。
今後どうするのか聞いたとき、あきひろは言った。
「結婚するから、もう少しだけ待ってほしい」
そう言われたから、待とうと決めた。
だが、その約束はミキの胸に小さな不安を残した。
コメント